Celestial Gardenへようこそ

おびただしい情報の中で
疲れてしまったあなたの心が
本来の優しさと思いやりを思い出し
より俯瞰の視点を
持てるようになるサロンです

こんにちは。ヒプノセラピスト、エンジェルライトワーカ―Ⓡのエムです。
わたしのサロンでは、このようなメニューを提供しております。
Menu
ヒプノセラピー
過去、過去生に、棘のように刺さったままになっている感情にリーチし解放します
エンジェルクリスタル
ヒーリング
アセンテッドマスターや大天使とクリスタルのサポートにより、オーラにある情報をリーディング、必要なヒーリングを行います(対面のみ)
ライトワーカーのための講座
チャクラを浄化し、宇宙と地球を結ぶ光の導き手となるための半年間のレッスン(対面・月1回×6カ月)
座学とワークで三位一体となり、インナーセルフを整え高次と繋がります。最もシンプルに、スピリチュアルの基本が全て詰まった講座です。
興味をひくようなメニューはありましたか?
さて、エムの自己紹介をさせていただきますね。
1971年、東京生まれ。わたしは48歳のときにヒプノセラピーを学び始めました。
40歳のときに人生が180度変わる大事件が起こり、そのときから、内側の世界と向き合う生き方が始まりました。
40歳まではキャリア志向、東京が一番、ブランド大好き、偏差値×学歴=重要 そんな価値観の中で必死に生きていました。
今思えばなんて狭い視野だったでしょう。
共依存の家庭で育ち、高校を卒業するころにはすっかりアダルトチルドレン。気質はHSP、そのうえサイキック。
自分の気持ちや意志が見えたためしのない、ハートと繋がれなかった人生の前半でした。
好きなタレントや、好きな色を聞かれても答えられない。
ワクワクを感じられないのですから当然だったのですが、それほどに感情に蓋をしていたのですね。
ただ、ひたすらに生きづらく。
高校、大学時代はバブル全盛だったのにも関わらず、親はどんどんと貧乏になり、大学へ行けるかどうかも怪しくなり、すっかり劣等感の塊になっていました。
その後は自分を癒すために祖父の支援で多摩美大へ入学、お金のために企業へ就職。
魂で生きるなんて考えたこともありませんでした。
転機が訪れたのは40歳のとき。
夫の中国赴任に帯同し、上海に住んでいましたが、そこで愛犬が乳腺癌に。
日本に帰って高度な治療を受けるか、それとも上海で治療をせず命を全うするかの選択を迫られたときに
日本から来ていた祈祷師さんを紹介されました。
いざ祈祷師さんとお会いすると、自分の持っていた霊能力が一気に開花したのでした。
愛犬の癌は2週間後に消え。
癌の仕組みを愛犬から学ぶことになりました。
その後の2年間は霊界修行でした。
恐らくは金縛りと幽体離脱以外の全ての霊現象を体験したと思います。
あまりにもあの世が近くなり、好奇心も手伝って、霊能者になりたい!と思ったのですが
わたしには霊界からの許可はおりませんでした。
そうではない方法で生きなさいと。
霊能は鬼の道。今生の目的は違うでしょう?と。
わたしの人生の前半の40年間は、完全にハートと解離したものでした。
ハートで生きるとはどんなことなのか。
それを学ぶ人生の後半が始まりました。
魂、ハートと繋がり
神様の前に真っ直ぐに立つことのできる自分への作り直し。
物質から精神へ
他人軸から自分軸へ
その過程でヒプノセラピーに出会いました。
自分に向き合うためのカウンセラーさんやセラピストさんが沢山いらっしゃるなかで、わたしはとくにヒプノセラピーで、クライエントさまが、自分だけでは取りに行けない心の深い部分へ答えを取りにいくことをサポートさせていただいています。
人は「私がこうしている理由はこんなところにあるのか」と腑に落ちる体験をすると、自分を受け入れることができるようになります。自分を受け入れるということは、自分を肯定し、愛するということなんですね。
自分を受け入れ、自分を愛する経験は、精神、ひいては魂を成長させます。そしてそれは、心とハイヤーセルフの一体化へと変えていくことができます。
感情のドラマを繰り返すことはもうやめにして、ハイヤーセルフの視点を思い出していただく、それがわたしがしていることです。
こんなサロンではありますが、共感をしてくだる方のご来訪をお待ちしております。

[ ヒプノセラピー学びの経歴 ]
日本臨床セラピスト協会(JBCH)
米国催眠士協会会員(NGH)
日本ホリスティックアカデミーにてヒプノセラピーベーシックを修得
青山ヒプノアカデミアにて前世療法、年齢退行療法、未来世療法、悲嘆療法、ヒプノセラピーにおけるカウンセリングを修得
※あらゆる宗教とは関係はありません

